「リアリティ」はどのように生成されるのか

今回は、「リアリティはどのように生成されるのか」という話です。


日本語の「リアリティ」と英語の「reality」には、以下のようなニュアンスの違いがあるようです。

リアリティ(日本語):
「実在するかのように感じられる状態」を指す。

reality (英語):
「実在性」そのものを指す。

今回は、日本語の「リアリティ」の話です。


庶民は文盲なのが当たり前だった時代。インドでゼロが発見されたあと、でも、「ゼロ」を示す記号もなかった時代。
そんな時代に、大量のラクダに荷を載せた隊商の一行が、シリアからエジプトにやってきた。

その隊商に、ファハードという名の少年がいた。
ファハードは、商人として成功した叔父の部下として同行してきた。14才になったばかりで、まだ隊商の一員として行動するようになって2年目。ラクダの世話が彼の主な仕事で、商人らしいことは、ようやく少しずつ覚えさせれてくれるようになったばかりというところ。

ナイル川の河口近くにあるエジプトの首都メンフィスでシリアからの交易品の取引をひととおり終えた一行は、しばしの休息とエジプトの地産品の買いつけのため、しばらくの間メンフィスに滞在した。

ファハードにとって、メンフィスのような巨大な街に来るのははじめての経験だった。
いくら歩いても歩ききれないような市場をあれこれまわるのは楽しかった。はじめて食べる、不思議な形をした酸っぱい果物。遠く西アフリカやナイルの上流からやってきた交易品が山のように積まれる店。見たこともないような衣装を着た人々。そして、メンフィスの街に、彼は思い切り魅了された。

この滞在中のある日、ファハードは、隊商仲間の年上の少年に連れられて、砂漠をさらに進んだ。
「エジプトにある」と噂に聞いていた、ピラミッドを間近に見るためだった。
ピラミッドを見るのは、年上の少年たちにとってはこれが最初ではなかった。でも、ファハードにとっては、はじめてのことだった。ファハードは、少し不安な面持ちで年上の少年たちについていった。

メンフィスからピラミッドまでは少し距離があったが、そんなことは問題ではなかった。
なにしろ、巨大な建造物だ。街を離れてラクダで少し進んだところで、それはもうイヤでも目についた。

しかし、視認できてからが、とてつもなく長かった。進んでも進んでも、ピラミッドには一向にたどり着けなかった。
次第にその姿は大きく見えるようにはなってきている。でも、いくら進んでも、一向にたどりつけない。

砂漠を進んでいるうちに、ファハードは次第に畏敬の念を強くしていった。


世界には、クフ王のピラミッドに限らず、数多の史跡がある。

今の時代に生きる僕らであれば、それらの何を見るにしても、テレビなり写真集なりで予習を済ませている。

「高さは◯メートルある」、「横幅は◯メールとある」、「地図で言えば、このあたりにある」といった、事実を元に「要約」された情報や、何なら、ドローンで空から見下ろしたときの映像も見たことがある。
事実を元に推測された情報も得たことがある。「あの王様の墓らしい」、「今から◯年くらい前に建てられたらしい」とか、「石はどこから持ってきたらしい」、「これだけの人員を動員して、こんな工法で作られたらしい」といった話。しかし、本当のところは誰にも分からない。僕らの時代よりもさらに時代を下れば否定されてしまうかもしれないような仮説。

ともあれ、現代人であれば、それなりに予習をしてから観光地に向かう。


だが、ファハードは違った。
彼にとっての事前準備は、せいぜい、「誰も覚えてないくらいに昔に神によって造られた」、「数えきれないほどの石が積み上げられた、天にも届くかという巨大な三角形の建物」とか、そういう話を聞かされた程度だった。

そんな話を聞かされても、彼が「現実のもの」として想像できる石積みの範囲など、たかがしれていた。
彼の出身地もシリアでもまあまあ栄えていたほうではあった。だが、メンフィスの規模もピラミッドの大きさも、彼が事前に十分に想像するには、桁が違いすぎた。


ようやくその全容が見えたころには、ピラミッドは、天にも届くかのような巨大な石積みとなって、ファハードを見下ろしていた。

なんだこれは。これまでに見た羊の数をすべて足しわあせても、あの積み上げられた石の数にはとても及ばなそうだ。この砂漠にあれを作る材料なんて見当たらないし、そもそもどうやって作ったのかも見当もつかない。こんなことをできる存在なんて、きっと神しかいない。そうだ、やはりエジプトの王ファラオは神なんだ。
ファハードはそう直感した。


「メンフィスのような巨大な街ですら容易に支配し、ナイル川の水を、肥沃な大地を我が物にしているエジプトの王ファラオとはどんな存在なのだろう、こんな巨大な建造物をポンと作ってしまう神とはどういうものなのだろう」ファハードは、この地を長きにわたって統べているという、大きな存在に思いを馳せた。

自然と、ファハードはの視線はピラミッドの頂点に向かった。そして、見上げたその頂上に、おそらく一生見ることはないであろうファラオのイメージをピラミッドの頂点に思い浮かべた。
その姿は、エジプトへの道中に立ち寄った神殿の壁画にあった、半身半獣の神の姿だった。
もっとも、さらに正確に言えば、彼が思い浮かべたその姿は、彼の故郷の伝承にある精霊の姿も重ね合わされた、独特のものだった。彼がどんな像を思い浮かべたのかは、彼以外には決して分からない。


...ということで。

日本語で言うところの「リアリティ」、つまり、「実在するかのように感じられる状態」を体感してもらおうということで、少し創作におつきあいいただきました (^^;


それなりに、臨場感を持ってお楽しみいただけたでしょうか。
であれば良いのですが。


「臨場感」、つまり「リアリティ」はどのように生成されるのかというのが今回のテーマです。

もうずいぶんな分量の文章になってしまっているのであっさり結論を示しますが、「人は、情報の断片を受け取ると、不足分を脳内で補完してリアリティを生成してしまう」というのが今回お伝えしたかったことです。


実際、ここまで読まれた方の頭の中には、僕が文字にして実際に表現した以上の情景が浮かび上がったことでしょう。


「隊商の一員の少年ファハードの仕事はラクダの世話だ」という一文を読めば、人は、彼がラクダに水を飲ませたり、エサを与えたりしている姿を自然に想起してしまいます。

「隊商は、エジプトに至ると、シリアからの交易品の取引をひととおり終えた」という一文を読めば、人は、彼らがひとつの目的を終え、旅先で少し安堵している様子を勝手に想起してしまいます。

「少年は、市場で、不思議な形をした酸っぱい果物を食べた」という一文を読めば、人は、その少年なり、いっしょにいた誰かなりが、その果物を購入している様子をを自然に想起してしまいます。

「少年はピラミッドを見上げ、そして、その頂点にその地を統べる神を想起した」という一文を読めば、人は、彼がどんな神の姿を思い浮かべたのかと、いろいろと想像してしまいます。この一文を読んだとき、あなたも、彼が見上げたピラミッドの頂点に何かの存在を感じたかもしません。


実際には、文中にはそんな具体的な表現はありません。
少ない記号、断片的な情報から、人は、「リアリティ」を生成してしまうものなのです。

そして、そのときに記号から想起されるのは、その人が過去に得た、記号に紐づけられたイメージ次第です。

少年がどんな顔をしているのか、どんな出で立ちなのか、一行はどんな隊列を組んで旅をしているのかといった詳細については、この一文を読んだ方が有している「中東の人はこういう顔つきで、骨格で、こんな格好をしている」とか「隊商とはこういうところでこういう隊列を組んでいるものだ」といった知識によって生成されます。

「少年はピラミッドを見上げた」という一文を読んで僕らが想起するピラミッドのイメージは、テレビで一度は観たあのピラミッドの姿でしょう。

でも、少年が想起したピラミッドのイメージは、実際に見たものとはかなりかけ離れていたに違いありません。


今回は創作、つまり「リアル」ではないものに人が感じる「リアリティ」について書きました。

実は、人は、これと同じことを「リアルな」、つまり、現実の経験に対しても行っています。
次回は、そんな話をしたいと思っています。

僕らが経験していると思っている「リアル」とは、はたして「リアル」そのものなのか、「リアリティ」にしか過ぎないのかという話です。
  • 今回の物語を読んでいて、「書かれていないのに自由にイメージしたこと」として、どんなことがあったでしょうか。
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